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頭の皿が乾いちまいそうな、いい天気だ。
今年の夏は日差しも雨も申し分なく、良いキュウリの収穫が期待できる。今から畑に駆けて行きたいほど真っ青に気持ちよく晴れた空。白い入道雲。太陽の日差!
だが残念。私は今日も仕事で忙しいんだ。
労働の後あとの一杯を楽しみに、汗水垂らして働くのだ。
今年も妖怪の山の麓、河原の傍で『未来水妖バザー』を大体一週間ほど開催する。期日が適当なのは、売る物がなくなったらそこで終わりだからだ。余計なことすると、たいてい痛い目に遭うからな。
で、今日はバザー三日目になるがまだまだ客足は絶えていない。
ここぞとばかりに河童はこぞって、自慢の道具やいらない我楽多、なんだかよくわからん物を持ってきて店に並べた。
夏のくそ暑い日中だというのに、大賑わいだ。
私は会場を歩き回りながら、にこにことその様子を眺めていた。
「よう。調子はどう?」
途中で飲み物を売っていた仲間の河童に声をかける。
「やあ、にとり。上々だ。天気がいいからな、人間も妖怪もみんな喉が渇くってもんさ」
「だろうな。……ん? キュッピーの売れ行きがいまいちだな」
ビニールプールに水を張って冷やしている飲み物のなかで、キュッピーの瓶はそろって端の方においやられていた。キュッピーは、外の世界の発泡酒を模した、キュウリが原料の飲料だ。
「夏の目玉商品じゃないか」
「うーん、人間たちにはいまいち売れてない。河童は欲しがるけど、金を払わないから……」
「まあ、その辺はうまいことやってちょーだいな。一本もらうよ」
キュッピーの瓶を一本取り上げる。ぱしゃり、と跳ねた水が冷たくて、心地良い。
「あっちょっとお金。にとり」
「るっさいなぁ。ちゃんと払うからつけといて。歩き回って、人間の相手して、疲れてるんだよ」
きゅぽっ、と瓶を空けるとなんとも気持ちの良い音。売り子の河童がぶつくさ言いながらメモを書き付けているのを横目に、キュッピーを呷った。
「んあー、たまらんねぇ!」
バザーの会場を行き交う、人間・妖怪・河童。たまに神様の姿も見える。出店者たちは思い思いシートを広げたり、簡易の屋台を作ったりして、青空の下会場を作り上げている。
そこに並んだ品物は、千差万別・玉石混合だけれど、どれも日差しでぴかぴかと輝いてみえた。あっちこっちで品物のやり取りがあり、喧噪が絶えない。
その盛況を誇示するように、彼らの頭上の空、おおきなアドバルーンの姿が見える。
   『悲想天則』、今年は8号機だ。
デザインのベースは初めて広告塔を掲げたときの悲想天則だが、毎年守矢の方でその年ごと違ったデザインを用意してくる。今では未来水妖バザーとともにすっかり夏の風物詩。
噂では巫女が精魂込めてデザインしているらしいが、求められるのは木偶の坊であり、毎年毎年せめぎ合い。何故毎年、ロケットパンチだのジェット噴射だのをつけたがるのか、あの巫女は。
「あっちー……」
上を見上げていると、カンカン照りの太陽が余計に意識されて、汗が肌を流れた。
さて、仕事仕事、だ。売り子の河童に挨拶して、その場から移動する。
私の今日の仕事担当は、バザー会場の管理とか警備とか、まあ要するに何でも屋。
あっちで人手が足りなければ応援に行き、何かトラブルがあれば力尽くで黙らせる。
河童たちは皆が皆、自分の発明品を売りたがるし不要品を処分してしまいたいから、広くもない売り場は陣取り合戦になる。だから持ち回りは毎日ローテーションで回すことになっている。
結果、バザーは毎日様相が変わることになり、それもまた良い販促になる。今日来て買い過ごした物が明日売ってるとは限らないとなれば、財布の紐も緩くなる。人間たちにそれが周知されてるのは、継続してバザーを続けてきた効果だろう。
ちなみに私の売り分はバザーの一日目で半分以上売れた。また明日店を出す番が来るし、財布は非常に潤っていて、面倒な警備担当の今日も愉快な気分でいられるってもんだ。
仲間たちの売っているトンチキな商品を眺めつつ、時折キュッピーを呷りつつ、ぷらぷらとバザーの様子を見て回る。
途中、ファミコンミニという機械に惹かれて足を止めると、そこの店主の河童に声を掛けられた。
「おつかれさま、にとり。他の様子はどうだい?」
「まったく好調さ。異常なし」
飲みかけの瓶をその河童に「これはお土産」と手渡し、また歩き出した。
もう昼も大分回ったし、今日の仕事は大体終わりだろう。あとは時間になったら今日のバザーは閉会である旨を伝えて回れば、帰ってキュウリをつまみにうまい酒が飲める……。
「……ん? なんだあの人だかりは」
しかし悪いことと言うのは突然にやってくるもので。
それは紅白の色をした少女の姿だったりする。
「おいおいおい。また霊夢さんかい、勘弁してくれよ……」

​(以上 サンプル)

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