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今年も最高の季節がやってきた。
裾野に香る風が吹き、金いろの稲穂が刈りの音に合わせて踊っている。四十雀がくちばしで喜びを歌う。
山には啄木鳥。金赤の紅葉を空にぱっと吹雪のように舞わせる軽快なリズム。樹木は甘い香りの果実を枝に実らせ、次に来る季節を越すために、生命と熱を育んでいる。過日の期待で胸をふくらませている。
私は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
青空高く、気持ちのいい空は、秋だ。
秋なのだ。
私は駆け出した。
秋の野原を裸足で駆けた。
秋の山林を飛び跳ねた。
秋の河原を、裾上げ、越した。
秋の小径を踊り歩き。
秋の畑に踏み込んだ。
「こんにちはっ!」
「穣子ちゃん。はは、今年も、元気だねぇ」
「当たり前じゃないのっ」
私は秋穣子。豊穣を司る神様だ。秋にいちばん役に立つ、お芋の香水も芳しい、イケてるカワイイ女の子なのだ。
農作業をしていたおばさんのところまで行って、畑仕事を手伝いながら、私は尋ねた。
「ねえねえ、お姉ちゃん見なかった?」
「静葉様かい?」
「うん。しずはサマ」
秋静葉。私のお姉ちゃん。私と同じ、秋の神様。
普段は別々に住んでるのだけど、秋になると自然と手を取り野山を駆けて、世界を秋色で満たしていくのが私たち姉妹のお仕事だ。
とはいえ仕事は別だから、お互い好き勝手に秋を謳歌するだけなのだけどね。
お姉ちゃんは紅葉を司る神様で、お山の木々はそろそろぜんぶ紅葉していたから、いつもなら麓のほうに乗り出す頃だ。だから、今日は一緒にいられるかなと思っていたのに。
朝、目を覚ますと、隣で寝てたはずのお姉ちゃんはいなかった。
「見なかったねぇ」
「そっか……ふぬっ!」
それからしばらく、畑でおばさんの仕事を手伝う。トンビの鳴き声を三回聞いたところで、飽きた。さよならとありがとうを告げて、お土産にお芋をいくつかもらって、私は道にもどった。
「穣子ちゃん、静葉様にもよろしくね」
「はぁい!」
とったとった、素足で道を踏みしめて歩いていると、土の匂いがした。さっきまで畑で遊んでいたから、私のあちこちから、成熟した土の匂い。すん、と鼻を鳴らすと土ぼこり。
「へっくしゅん!」
鼻をすする。親指を舐めると、手についた土の味がした。焦がしたお餅に似ている。
秋の青空を追いかけるようにゆっくり歩きながら、お姉ちゃんはどの辺にいるかと考える。
ところで、私はちゃんづけなのに、お姉ちゃんは様なのは、ヘンな感じ。お姉ちゃんは、綺麗なひとだけどそれだけで、そんなに大したもんじゃない。
だって迷子になってるし。
あと、頼りないし。秋こそ外に出て遊ぶけど、普段は寝てばかりいて、だらしない。ぜんぜん神様じゃない。そのくせ、華奢で肌もキレイで髪はふわふわなのは、狡いったらない。
トーン、トーン、と木を叩く音が行く先から聞こえてきた。
近づくにつれて、人間たちのにぎわいも。
心がわくわくと、お腹の中から押し上げられるように湧いてきて、楽しくなってくる。
あえてゆっくり、ゆっくり、私は歩いた。
それからとうとう、人間たちが集まっている広場へとたどり着いた。
その広場には二階建てくらいの高さの櫓が組まれていて、それを中心にして、居並ぶ出店の骨組みがぐるりと囲み、合間に灯りを立てるための柱も立てられていた。
男の人たちがあっちこっちで動き回っていて、活気が溢れていた。
彼らは、近々にある収穫祭の準備をしているのだ。
「おおー。やってるねぇ」
私はさながら大工の棟梁にでもなった気分で、えへん、と腕組みし、汗水垂らして働く男たちを見回した。
私が居るのに気がついた何人かが、こちらに向かって手を振ったり、オウ、と声をかけてくる。
「おうっ、しっかりやるんだぞっ!」
腕を振り回して言ってやると、彼らはワハハと笑って応えてくれた。
せっかくだからと広場の真ん中に行き、櫓を下から見上げた。青空に伸びていく舞台は、ぐんっと高く見える。

​(以上 サンプル)

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